たとえば下の写真で手に持っていらっしゃるのは、昨年2月に京都国立近代美術館で開催された「椿昇 2004–2009: GOLD/WHITE/BLACK」展のチラシ。裏面は黒字にグレーの文字がびっしりと詰まっており判読性は低そうですが、インターネットの普及により情報がいくらでも手に入れられるようになった時代に、紙媒体のチラシをただ情報を伝える媒体としてではなく別の役割を果たすものとしてとらえ、デザインされたそうです。
また、偶然ではありますが、この後15時半より開催されたミロスワフ・バウカさんによるレクチャーでも展覧会カタログのトピックが持ち上がりました。
昨年イギリスの国立近現代美術館・TATE modernで開催された「How It Is」という展覧会のカタログに関して、このカタログを作成時には作品はまだできておらず、そのためにカタログにはバウカさんの作品プランのドローイングや過去作品の画像、影響を受けた作品などをイメージ・ソースとして美術館側に提示したそうです。そういったイメージから構成されたこのカタログから実際に展覧会で発表された作品を想像することは難しくはあるものの、作家や作品を読み解く上では重要な鍵となっており、展覧会の記録資料としてではなく、作品以外のもうひとつの作家の精神のあらわれととることができます。
イメージソースに関して再びエシックス展に視線を戻すと、このワークショップ会場であるワークルームにはまさにアーティストの持ち寄ったイメージソースである本が集められており、来館者はそれらを自由に閲覧することができるようになっています。それがロビーや資料コーナーといったサブスペースではなく、展示会場に用意されていること。
これは、「生存のエシックス」があえて美術館で開催されていることの意図を考える手掛かりだといえるでしょう。
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